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名言至言(11)
 『学規』 “孤高独秀の歌人”
   ・・・ 会津 八一 (あいづ やいち)



  会津八一-1
   会津 八一(あいづ やいち)  ちょっと近寄り難い・・・。


 今から50年ほど前、私が高校生の頃 地元の新聞 新潟日報で、当時 新潟県出身で、各界で全国的に活躍している著名人100人を特集して紹介した「越佐人物記」(この名称は、今、 定かではありませんが)こんな連載記事が100日に渡って掲載されました。

 当時の私に特に印象に残ったのが、“孤高独秀の歌人”と題された会津八一の人物記事でした。

 会津八一は、越後新潟に生を受けて若い頃より厳しいほどに身を律し、ついに“前人未到”と言って良いほどの学識・芸術の域をつくりました。(特に歌人としては)
 秋艸道人(しゅうそうどうじん)は雅号。

 私が説明するより、一般的な会津八一の人物関係の記事を出しておきます。
  「Wikipediaより引用」  https://ja.wikipedia.org/wiki/会津八一


 その人となりは、自らを“傲岸不遜”(ごうがんふそん)と称したというほどで、一見しても とても気むずかしそうで 恐く近寄りがたい存在であったそうです。
 しかし、門下生たちに与えたとされる、また自らは自分を警(いまし)めるものと言う、学究生活の指針 『学規』が有名です。
 私が今読むと自らの厳しさの中に、実は人間の本質に対してとても優しい心づかいを内包した人物であったと思えるのです。


 005-2.jpg
  私の執務室の机の背後の壁には この 『学規』 が掲げられてあります

 学規とは-1
  どこからか『学規』の解説文が出てきてありましたので掲出しておきます
   【写真をクリックすると 大きく見ることができます】

 

 
 このような“巨人”が先輩として新潟にいたことに、私はとても誇りを感じます。

   1-1.jpg
    これは 会津八一記念館 が出版した本です


   2-1.jpg
    きびしい “学究の人”


   3-1.jpg
    笑顔は “豪放磊落(ごうほうらいらく)”・・・。

 
 次回は“孤高独秀”の域に達した歌人 会津八一 の作品を紹介してみたいと思います。 




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名言至言⑩
  『去年今年貫く棒の如きもの』

    (ごぞことし つらぬくぼうのごときもの)
       ・・・高浜虚子(たかはま きょし)   


     1
       Wikipediaより引用


 私が年末になると必ずこの句を思いおこし、年末から新年に向かう心構えとしていますので、異例のことですが今年もまた、年末の最後のブログとしてこの句を出させてもらいます。
  この句は、俳句としてきわめて有名です。
 毎年 年末年始になると必ずどこかで掲出(けいしゅつ)されます。
 私は、俳句としてではなく「名言至言」としてここに採りました。
 従って、季語がどうのこうのということはしません。
 毎年 新年に入れ替わる時に、まるで新しいページをめくるがごとく、新年に対して おめでとう と言い、旧年に対して お世話になりました と言います。
 このような「慣例」にケチをつけるような言い方になってしまいますが、私は少なからぬ違和感を持っていました。
 新年になった(年が改まった)からといって、皆 新しいページをめくって、古いページとは決別できたようなことを言いますが、昨年の借金の額が変わったわけでも、昨年の汚名が雪(そそぐ:除き払うこと)がれたわけでもありません。
 また、昨年までの栄誉が失墜したわけでもありません。
 すべては継続しているのです。
 ページをめくるようなものではなく、太い生きた棒心に貫かれているようにつながっているのです。

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   京都の北山杉です。年々すくすくとまっすぐに幹が伸びているみごとな杉林です。

 私流に言えば、長く伸びていくまっすぐな、例えば杉の木の幹のように、そのまま太く長く成長していくものなのです。
 心棒が真ん中に通っていて、その芯が成長していくがごときものなのです。
 年末、年初に当ってもこのように気を引き締め、常に過去に責任を持ちつつ、常に将来に希望を馳せることが、この句(フレーズ)の真意だとして、「名言至言」として、ここに紹介します。






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名言至言⑨
   毎年よ彼岸の入に寒いのは


                          正岡 子規(まさおか しき)


    1
     Wikipediaより引用


 この句は、子規の母が子規と会話をしていて言った言葉が「おのずから句となった」と子規は言っています。
 「毎年よ」の「よ」には、子規の生まれた愛媛県松山では、このような場合、特別のアクセントがあって、「毎年のことよ」「毎年あるのは」と意味があるのだと言われます。
 子規は明治の人で俳人、歌人としてきわめて高名で、有名な門弟も数多くいました。
 「写生」を主唱し、俳句、短歌に優れた作品を残し、その後の日本文学に大きな影響を与えました。
 しかし、二十代の若さより、肺結核などを病み、死ぬまで闘病生活を送りました。
 「彼岸(ひがん)」というのは、辞書などには【春分の日、秋分の日を中日(ちゅうにち)とし、その前後各三日を加えた七日間。最初の日を「入り」、最後の日を「明け」という。】とあります。
 今年の彼岸の中日(春分の日)は、明日20日です。
 確かに今年もその2~3日前くらいには、日本中、寒い日がありました。
 私は、毎年この時期になると決まって、この子規の句を思い出し、口ずさんでいます。
 私にとっては、まさに名言至言です(笑)


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     Wikipediaより引用 松山市 『道後温泉本館』 別名・愛称:坊っちゃん湯



 

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名言至言⑧
   白鳥は かなしからずや 空の青 
           海のあをにも 染まずただよふ


                                                若山 牧水

      1
       Wikipediaより引用

 若山牧水は旅情、詩情のあふれる明治の歌人ですから、この歌(うた)も「短歌観賞」として扱えばよいのかも知れませんが、私は「名言至言」として説明してみます。
 一首の意味ですが、「白鳥」は、「しらとり」でカモメでも白鳥でも構わないと思います。
 「かなし」は、現代語として言えば、(切ないほど)をつけて、「切ないほど悲しい」というくらいの意味です。
 あえて「名言至言」として強調することは、語句のひとつひとつではなくて、周囲の「空の青」「海のあを」にも取り込まれることなく、くっきりとその身を独立させた「孤高」の姿なのです。
 他人と違うことを主張したり、他人に指弾されたとしても、不合理ではないとする自らの信念を保つことは大切なことです。
 「ただよふ」ということは、自信なくうろつくことではなくて、自由自在に風の中を 波の上を行く様(さま)を言います。
 「かなしからずや」は「孤高」「独立」を貫く「苦難」「苦行」に対して、切なくも不倒不屈の感情に耐えられるのか、いや耐えているのだということです。
 私は、最近この牧水の歌がよく頭に浮かびます。



    
      (c) .foto project




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名言至言⑦ 『去年今年貫く棒の如きもの』
             (こぞことし つらぬくぼうのごときもの)
                ・・・高浜 虚子(たかはま きょし)


   1
      Wikipediaより引用


 また高浜虚子の句になってしまいました。
 この句は、俳句としてきわめて有名です。
 毎年 年末年始になると必ずどこかで掲出(けいしゅつ)されます。
 私は、俳句としてではなく「名言至言」としてここに採りました。
 従って、季語がどうのこうのということはしません。
 毎年 新年に入れ替わる時に、まるで新しいページをめくるがごとく、新年に対して おめでとう と言い、旧年に対して お世話になりました と言います。
 このような「慣例」にケチをつけるような言い方になってしまいますが、私は少なからぬ違和感を持っていました。
 新年になった(年が改まった)からといって、皆 新しいページをめくって、古いページとは決別できたようなことを言いますが、昨年の借金の額が変わったわけでも、昨年の汚名が雪(そそぐ:除き払うこと)がれたわけでもありません。
 また、昨年までの栄誉が失墜したわけでもありません。
 すべては継続しているのです。
 ページをめくるようなものではなく、太い生きた棒心に貫かれているようにつながっているのです。

    理事長ブログ
    京都の北山杉です。年々すくすくとまっすぐに幹が伸びているみごとな杉林です。

 私流に言えば、長く伸びていくまっすぐな、例えば杉の木の幹のように、そのまま太く長く成長していくものなのです。
 心棒が真ん中に通っていて、その芯が成長していくがごときものなのです。
 年末、年初に当ってもこのように気を引き締め、常に過去に責任を持ちつつ、常に将来に希望を馳せることが、この句(フレーズ)の真意だとして、「名言至言」として、ここに紹介します。


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