世界歴史 物語⑤ 
   年号「平成」とは こういう意味だったのか。 
                  「平成」の意味と願い。



 年号が平成になってから、はや24年です。

 平成で思い出すのは当時の竹下内閣で、小渕官房長官が新しい年

号発表の記者会見で 「平成」と大きく書いた額を掲げて見せたことで

した。

     0913理事長ブログ

 そもそも日本の年号は、主に中国の古典からとられます。

 「平成」は司馬遷(しばせん)の「史記(しき)」の五帝本記(ごていほ

んぎ)の【舜帝(しゅんてい)】の記述から採用されています。

 中国では、伝説の帝(聖王)として、堯(ぎょう)・舜(しゅん)・禹(う)

などが あげられます。

 舜は幼くして母を亡くしたので継母(ままはは)に育てられます。

 大体、中国では継母は先妻の子に辛くあたるというのが一般的で

す。

 舜は継母やその子(義弟)、そして実の父からも疎まれ、殺されそう

になったこともあります。

 しかし、舜は身を修め、立派に成人し、人々の信用を得て、堯帝が

自分の位を譲ろうとして、 民衆に問うたところ、誰もが舜を推挙(すい

きょ:推薦すること)します。

 舜が帝位を継いで政治をしたところ、国の内部に争いがなくなりまし

た。

 国内に波風が立つことなく 平らかな平和な世相となりました。

 その結果 国力は充実しますから 国の外においても、外国にあな

どられることもなく むやみな外国と対立がなくなり、したがって外国と

は、平和が達成されました。

 このことを「内(うち)平(たい)らかにして 外(そと)成(な)る」(国内

が平和で 外国とも友好関係が成立する)「内平外成」と、司馬遷(し

ばせん)は表現しています。

 さらに私が説明をすると、これは「内憂外患」内憂外患とは内(国内)

に憂い(心配事)があって 外(国外との間に わずらいがある事・・・)

の反対の言葉となります。

 「平成」の年号は、戦争のあった「昭和」から平和を願って、この中国

の古典から選ばれたのでしょう。

 しかるに、昨今の日本の世相はどうでしょう。

 「内」には長い不況から来る、経済の停滞。

 そして、政治の混迷。

 とても平らかな状況とは言えません。

 「外」にあっては、隣国との関係の軋(きし)み。

 とても外交が成功しているとは言えません。

 「平成24年」に当って、「平成」命名の志や願いはどこへ行った?と

思わざるを得ませんね。

 早く 戦いの「昭和」が終わって 誰もが願った平和な「平成」の日々

が来てくれることを望んでやみません。



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