新潟空港滑走路 自転車で疾走する少年A、B、C


 新潟空港はバブル期には、たくさんの国内・外の定期便がありまし

た。

 季節便だと思いますが、海外には ハワイ便や、国内では 女満別

空港(網走)もありました。

 私の家は、新潟空港に割りと近いところにあるので、新潟空港に

親近感を持っていますから、新潟からの世界が広く感じられたもの

でした。

 この親近感は特別のものがあります。

 例えば、遠く海外の国から成田空港に着いても、日本に到着したの

に着いたとたんにどっと 「疲労感」 を感じます。

 その理由は、成田から新潟までの遠さと、交通機関のわずらわしさ

と、それに要する時間の長さを思うからです。

 しかし、どんなに遠くからでも、例えば ANA でフランクフルト → セン

トレアで乗り継いで来たりしても、新潟空港に到着した時は違います。

飛行機から降り立って、空を見たとたんに、 「ああ、新潟だ、おれん

ちの空」 だと、もう自宅に着いた気分になってしまうのです。

 事実、昔 (私の少年時代) は、空港界隈は、徒歩で あるいは自転

車での 「生活圏内」 でした。

 今では、もう空港などは必ず自動車で行く 「生活距離」 になってし

まいました。

 そして、これはもう昔のことですが、私が小学生高学年の頃、新潟

空港にはまだ国際便などはなく、地方空港として 「無防備」 でした。

 まだ、 「学生運動」 にも、もちろん 「国際テロ」 などにも無関係の

田舎の飛行場でした。

 また、その頃の新潟は 「高度成長」 以前でしたから、道路のほとん

どは、コンクリート舗装などはなくて、 「ジャリ道」 でした。

 そこへいくと、飛行場の滑走路は立派なコンクリート舗装道路ですか

ら、思いっきり自転車を飛ばしてみたいと思っていました。

 ある日、友達二人と阿賀野川の土手を自転車で海際まで行った時、

急にこの 「暴走欲望」 が出て、当時は空港を囲うフェンスなどはなく、

阿賀野川の土手から簡単に空港の滑走路まで降りて行けましたか

ら、自転車3台で滑走路に立ち入りました。

 当時にしても、空港の滑走路は飛行機のためのもので、自転車の

競技用ではないことは常識でしたし、ましてや、小学生たちの自転車

の遊び場ではないことは知っていましたから、従って誰もそれをした

ことがありません。

 おそらく、空港滑走路を自転車で走るなんて、当時の小学生レベル

では、 「快挙」 だと思いました。

 さて、滑走路に上がると、これが意外とその幅が広いのです。

3人の3台の自転車が横に並んで走っても、よたよた横にブレても余り

ある広さです。

 「ワァー、スッゲェなぁ」 なんて言って、思いっきりペダルを漕いでい

たところ、滑走路向こう側からこちらに向かって、ジープがやってきま

す。

 「ワァ、見つかったぁ」 (見つかるはずですよね) 空港は広くて、空港

の建物が いくら、かすむくらい遠くにあったって、ちゃんと管制塔が

あって、誰かが監視しているのですから。

 私たちはすぐに 「滑走路」 わきの背の高いガツボの草むらに 自転

車を横に倒して、身を伏せて隠れました。

 ジープは意外とあっさり引き上げて行きました。

 私たちはほっとして立ち上がろうとすると、後方の阿賀野川方面か

ら飛行機が降りてきます。

 さっきのジープは、飛行機が滑走路に着陸するので、邪魔な私たち

を追っ払いに来たのです。

 ジープに追われたおかげで私たち少年3人は飛行機に轢かれない

で助かったことになります。

 今となっては、あの日のことを思い起こすと、空港ジープに命拾いを

させてもらったことに感謝しつつ、またあの頃のバカさ加減にあきれ

たりしています。

 『新潟空港滑走路で自転車少年3人轢死(レキシ)』 なんて見出しの

新聞記事が出たら世界中のトンデモニュースになりますよね(笑)



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