亀田郷物語⑥ すごぼりの桜

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   すごぼりの桜については、ネットで紹介記事がありますのでまずそれを引いて、私の説明に代えたいと思います。

  【新潟市 文化観光・スポーツ部 文化政策課 すごぼりの桜まつり より】
 



 私が特に書いてみたかったことは次のようなことです。
 現代における日本の様相は、世界の「先進国」として、まるで昔から今日の整備された環境があったかのように見えますが、実はこの「繁栄」はごく近年に構築されたものであるということです。

 平成が25年なら25歳以上の人たちは、昭和の時代を生きてきました。
 それは終戦の昭和20年を基点として、戦前、戦中、戦後にその生き方が大別されます。
 亀田郷という地域は、大まかに言えば 信濃川、阿賀野川、小阿賀野川、そして日本海に囲まれた地域です。
 この地域が現在のような田園地帯となったのは、昭和30年代に「土地改良」として行われた農地の「区画整理」からでした。
 これにより、この地域一帯が湿地帯の「水郷」から「乾田化」され、現在のような「美田地帯」へと大変身をとげました。
 このすごぼりの歴史をたどって記述するとすれば、耕作住民の「水争い」があったことから水を逃がしたり、水を溜めたりとするため、堀を掘ったことにあります。昔のことですから、すべて農村の人力による手作業からです。
 「水争い」については、すごぼりの近くに石碑が立っていて、そこに説明がありますのでここでは省略します。
   
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 私は、このいかにも「天下泰平」の桜並木を眺めながらも そのような厳しい亀田郷の「歴史」に思いを至らせないわけにはいきません。
 ちなみに、「すごぼり」については説明がありませんが、これは「素掘り」のす、「小堀」のこ、からきていると思います。
 「素掘り」とは土を手作業で掘って、掘ったままの溝のような状態のものをいいます。「小堀」は大堀中掘とは言えない小さな幅の堀だったのでしょう。
 今では立派に大きく、鋼矢板、コンクリート 鉄材などに補強されたものになっています。
 まさに、「先進国」の「繁栄」を思わせます。
  
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