世界歴史 物語② 三国志「赤壁余話」
         ・・・曹操が狙う? 江東の美人姉妹
 


 江東というのは、長江(揚子江)の東側の地方すなわち、楚(そ)のこ

とを言います。

 「赤壁」を戦った呉国の中心人物は、もちろん、孫権です。

 そして、もう一人います、それは、赤壁の戦いに当って、大都督に任

ぜられた周瑜(しゅうゆ)です。

 孫権には兄がいました。

 孫策といいます。

 この孫策は、大人物であったようです。

 「江東を平定した呉の小覇王」とされていましたが、若くして病死しま

した。

 その兄の偉業を継いだのが弟の孫権でした。

 ですから、曹操が攻めてきた「赤壁」の時点では、孫権の基盤はま

だ盤石ではありませんでした。

 国難に際して、国内をまとめるのに大変苦労した様子が書かれてい

ます。

 孫権より年長の周瑜は、もともと兄の孫策と仲が良かったようです。

 江東平定の折、喬(きょう)という名家に「絶世の」美人姉妹がいまし

た。

 姉は大喬、妹は小喬と「史書」「演義」ともに書かれています。(後で

書く機会があるかもしれませんが、このあたりの呼び方はとっても中

国的だと思います)

 ともかく、世間の評判にあがるほどですから、二人とも「名代」の美

人だったのでしょう。

 そして、姉の大喬は孫策の妻に、妹の小喬は周瑜の妻となりまし

た。

 このあたりの記述は江東平定の折、勝者の将軍孫策と周瑜が「戦

利品」として、この美人姉妹を分かち合ったかのように書かれていま

す。

 大喬は孫策の正妻ではありませんでした。

 映画「レッドクリフ」には小喬が登場します。

 この役を演じたのは、台湾出身の有名な美人女優さんだったという

ことです。

 「レッドクリフ」は「演義」をもとにして、それをさらに脚色しているよう

です。

 すなわち、曹操の楚進出の目的は、実はこの大喬、小喬の美人姉

妹を獲得せんがためのものであったというくらい、強調されていまし

た。

 確かに曹操は、「英雄色を好む」を地でいくような逸話が他にもあり

ますから、このような話の筋書きも十分可能だと思います。

 後世の唐の時代の「詩人」杜牧(とぼく)もこれに便乗して、彼特有の

奔放自在な感覚で「赤壁」の詩を書いています。

 実は私は、杜牧が好きなので、次回は、この杜牧の「赤壁」の詩を紹

介しましょう。

 杜牧は「乱世の英雄」曹操とは違って、「平冶の能臣」を地でいくよう

な「政府高官」でいました。

 事実、彼は難しいことで有名な、中国の官吏登用試験である科挙

(かきょ)に若くして合格したほどの明晰な頭脳の持ち主でした。

 また、大胆にも、誰はばかることなしに、酒と女と詩作をこよなく愛

し、どこへ行くにも美女と酒樽と一緒というほどの人でした。

このような点を見ると、きっと杜牧は、乱世を思うがままに生きた曹操

を敬慕(けいぼ:うやまいしたうこと)の念で見ていたのではないかと、

私は勝手ながら歴史ロマンのひとつとして想像しています。(笑)



コメントのある方は下記の理事長のメールアドレスへお寄せください。
jyouyoukai2312-blog@yahoo.co.jp